子供時代

私は、小さい頃から人より体が大きく、家の中では父親に「お前の重さはちょうどいいから足の裏に乗ってくれ」と土踏まずのマッサージを頼まれたり、母親からは「あんたの手はグローブみたいに厚いから肩を揉んでくれると気持ち良い」など言われ、学校でも先生から「堺野君運ぶものあるから手伝って」等他の生徒より体を使った用事を頼まれる事が多く、その時の「助かった、ありがとう」という言葉がとても嬉しくて、何か頼まれるのをソワソワ待っているくらいでした。

私が治療家という仕事に辿り着いたのはこのような小さい頃の記憶が導いたものだと言えます。

また、学生時代はサッカー部に所属して、ひたすらサッカーの日々を送り、その中で股関節痛や足の骨折等の怪我を経験しましたが、部のトレーナー(鍼灸師、アスレティックトレーナー)に6年間とてもお世話になり、治療だけでなく、選手に寄り添い大事な試合にベストなコンディションで臨めるように、一緒に復帰へ向かってくれる頼もしさに憧れを抱きました。

しかし、大学へ入学し、アルバイトや友達との遊び等に夢中になる中でそのような思いも薄れ、いよいよ就職活動に入った時に、やりたい仕事は見つかりませんでした。

 

社会人時代

とにかく就職氷河期の中、名前の知れている会社に入って、お金を稼いでいればいいかな、くらいの考えで就職してしまったのです。

その為、就職後に営業として働いても成績も並で、ただ心身が疲弊していくだけで満足感を感じない日々が待っていました。

そんな中、ある日ふと、テレビで芸人か誰かが言った、「人生一度きりやで」の言葉が妙に心に刺さり、はっ!としました。人生の大部分を占める仕事の時間、お金を稼いでやり甲斐を感じるのでは無く、やり甲斐のある事でお金を稼がないと、人生全然面白くないという事に気づいたのです。

やり甲斐を見い出せなかったのは、そもそも自分のやりたいことが曖昧だったから、やり甲斐のある仕事というものを選べなかったのではないかと思いました。

そして、自分にとって何がやりたい事で、何にやり甲斐を感じるのかを改めて考えました。

そこで、小さい頃の、周りから頼られて嬉しかった記憶と、サッカー部の時にトレーナーに支えられた記憶が呼び起され、これだ!と思い、すぐに昔お世話になったトレーナーに相談をしました。

そして、仕事を辞め、もう一度学生からやり直すことに決めました。そこから鍼灸マッサージ師として治療家の道を歩み始めたのです。

 

鍼灸マッサージ時代~現在

卒後縁あって、地元の治療院に就職した私は、小学生から100歳を超える方まで幅広く治療させていただいて、それなりに毎日満足していました。

しかし、少し慣れてきた頃から、「その時は良いんだけどしばらく経つとまた悪くなるんだよね」という方がとても多い事に気づきました。

その場で良くなったことで、やり甲斐を感じていたが、それは独りよがりの満足で、患者を長い目で見た時の満足は無視していたのではないか、という疑問が湧いてきました。

加えて私自身が普段から鍼治療を受けているのに、毎年繰り返す下半身不調や、時にはアキレス腱の断裂を経験したことが拍車をかけ、自分の治療家としての自信が日に日に無くなっていきました。

そんな時に、勤め先の院長が既に会員になっていた、「ゆるかかと歩き」という歩き方を通して健康づくり広めていく、ネイティブウォーキング協会を紹介していただきました。その時は、自分も足の怪我が多いし行ってみるか、という気持ちで講座に参加してみました。

 

そこで2つの衝撃を受けたのです。

一つ目は今まで人を良くするためには、鍼灸やマッサージ等その人の体に触れて不調の箇所を治せば良いと思っていたが、患者を指導して「悪い習慣」をやめさせることで、後は患者自身の力で不調を無くしていく事。

自身治せなかった繰り返す怪我や臀部の不調もその日までの悪い習慣、つまり間違った歩き方で引き起こされてきたのだと気づくことができました。

早速その日から自分でも正しい歩き方「ゆるかかと歩き」を実践してみましたが、現在まで毎年寒くなると出てきていた臀部の不調は出てきていません。

 

二つ目は、自分の成りたかった像が見えてきた事。

講座では、足の構造や、歩き方はもちろんわかりやすく説明していただきましたが、それ以上に「治療家」では無く、「指導家」としての患者との関わり方、という点に重点を置いていました。

達成できるゴールを理解させて、そこへ患者自身で歩いて行かせるのは、将来の患者を治しているという事に繋がるという、指導の大切さを学びました。これが学生時代にトレーナーに感じた、二人三脚の像なのだと理解できたのです。

今まで、私自身が満足するために、人の役に立って頼られたい、という思いがありましたが、ただそれを得ようと思うばかりに、独りよがりで、患者にとって、本当の満足という点を見落としたしたところが、治療家として伸び悩んだ原因のひとつなのだと感じました。

 

今私は指導家として一人でも多くの方に寄り添いこの「ゆるかかと歩き」を通して、みなさんの不調の無い将来を、一緒に作っていけたらと思い、精進しています。